明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
今年は
「『いい(もしくは悪い)』と思ったものがあったら、なぜそう思ったのかを文章化する」
というのを目標に持とうと思っています。
最近「いい」と思ったサービスに『
はてなハイク』があります。毎日のようにログインしています。
ハイクについて、「どうして『いい』と思ったの?」というのを考えてみます。
例によってあまりまとまってないのですが、書きながら考えがまとまればいいなぁ、と思いながら支離滅裂なままアップします。
1. 「個人のつながり」「同じ趣味つながり」を一つの場所に集約している
コミュニケーションが発生するための条件は、主なものだけを大雑把に分けると
- 「人をベースにした個人的つながり」(日記、など)
- 「モノや場所をベースにした同じ趣味を持った人とのつながり」(コミュニティ、など)
の2つです。
今までのサービスでは、両者は別々のものとして扱われていました。たとえばmixiなら、「日記」と「コミュニティ」は別のコンテンツです。
しかしユーザーはそれらを、サービス運営者の期待通りには区別してくれません。たとえば「浜崎あゆみのライブを見に行った」人がそのことを書くとき、内容は「浜崎あゆみコミュニティ」に書き込むのがふさわしいようでも、日記として投稿することのほうが多いようです。
「同じ趣味を持った人がつながる」ためのトリガーが投稿されているにも関わらず、その投稿先が日記であったために、コミュニケーション発生のチャンスを逃しています。
いくつかのサービスでは、これらをどうにかしようという努力はされています。
voxでは、日記を投稿するとき、同時にグループ(コミュニティに該当します)にも投稿することができます。
mixiでは、日記とコミュニティは分離していますが、それぞれのページに遷移しやすいように導線が引かれています。
ブログなら、タグやカテゴリわけがその役割を担っています。
それに対してハイクでは、ひとこと日記を書けば、それがそのままテーマに変わります。
「日記」と「コミュニティ(のテーマ、つまりトピックス)」がシームレスに繋がっているのです。
その結果、ユーザーは日記を投稿しようがコミュニティ的投稿をしようが、それをトリガーに
「個人」「同じ趣味」、そして『はてなスター』による「レビュー」という三方向からのコミュニケーションが発生するのです。
投稿が「日記」なのか「トピックス」なのかは、受取り手(閲覧者)の都合で判断されます。
ハイクのキモは、「人つながり」と「テーマつながり」を同じ場所に展開させているところなのだと思います。
2. 書き込むためのネタが提供されている
投稿系サービスで、いきなり「なにか書いてね」と言われると困ってしまいますが、「○○について書いてね」と言われると、その○○に興味があるのならなんかしら書けそうです。
各サービスでは「今日のテーマ」のようなものを用意して投稿を促しています。
テーマをユーザーから募集しているサービスもあります。
mixiがニュースに力を入れているのも、投稿のネタとして有効だからだと思います。
ハイクでは、誰かがなにかを書き込むと、それがそのまま「テーマ」になります。タイトルが「キーワード」となってほかの人のページに表示されます。
同じテーマの投稿が重なると、コミュニティが自然発生します。
この流れがスムーズに行なわれるには
- 日記に必ずタイトルがつく
- 日記のタイトルと、コミュニティ的テーマ(トピックス名)は、扱いが似ている
との条件があり、一見難しそうに感じられますが、ハイクではそこをうまく成立させています。
ひとこと日記を書くときって、テーマもなく書いているように感じますが、実際には日記を書く過程で、脳内に「見えないタイトル」が存在していることが多いです。
たとえば過去に自分が書いていたタイトルのない日記(twitterとか)にタイトルをつけようと思えばつけられます。ただの雑談ですら「雑談」というタイトルをつけることができます。
テーマがない日記を書いているわけじゃなくて、「わざわざテーマをフォームに入力させる必要がなかった」だけであり、実際にはテーマは存在しているのです。
よって、
タイトル≒テーマは成立します。
これは「日記を書くモチベーションってなんだっけ?」というのを、ペルソナ、日記を書くまでのシナリオを組んで検討すれば誰でも気づけることなのかもしれません。が、気づくのは簡単でも、その解決策を思いつくのは難しいものです。ハイクのすごさは、それをやったところなのだと思います。(ペルソナとシナリオを実行するような会社だとは思えないので、たぶんひたすらブレストした結果なのでしょうが)
まとめ(というには支離滅裂)
はてなは「はてなスター」あたりから、明らかにサービスの対象を一般人向けにシフトしてきていると思うのですが、今回のはてなハイクもその路線を踏襲し、上流工程がよく検討されているサービスとの印象を受けます。
リリース直前にお絵かき機能をつけたことと、ITmediaのインタビューで書かれている
「個人が一発アイデア勝負できる時代」は終わりつつあるという(ITmediaより引用)
とは一見、矛盾しているように思われますが、それまでにさんざん検討を繰り返して上流工程を固めきったあとでしょうから、それをもってジャストアイデアだとは言えないと思います。
はてなスターも(内容から想像するに)アーリーマジョリティーを対象にしたサービスだったと思うのですが、うまく行っているとは言えません。が、ハイクと連携することによってキャズムを超えるかもしれません。
ハイクの今後ですが、「同じテーマで書き込んだ人」同士をより結びつけるための導線、そしてそれらを受け止める場所、が必要になってくるのではないでしょうか。
だたこれを用意するのは今まで述べた(僕が思う)ハイクの魅力と相反する部分もあるので、今はあえてコミュニケーションが行なわれる場を流動的にしておきたいと考えているかもしれません(それならそれで、画面上に「過去に自分と関係しているキーワード」が占めまくりすぎな気はするのですが)。
元同僚で、今ははてなにいる知人が
「仕様はシンプルに。機能でカバー」
と発言してたことがあります。僕はこの言葉を本当に真理だと思っているのですが、(彼がハイクに絡んでいるかどうかは知らないのですが)それを見事に体現したサービスだと思います。
ハイクをtwitterクローンとして見てしまうと、真価がわからない気がします。
追記
はてなのサービスって、もちろんサービス検討の際には「ひらめき」からスタートするのだとは思うのですが、ひらめきを仕様に落とし込む過程はかなりロジカルに思えます。サービスを検討する段階では「ひらめき」と「ロジカル」を絶えず行き来している印象です。
ひらめきのままに進んでいるように見えるのは「今までの常識」「すでに確定しているように見えるルール」を壊しているからだと思います。はてなの場合、その「今までの常識」「すでに確定しているように見えるルール」を壊すかどうかをとことんロジカルに判断しているのではないでしょうか。ちょっとどこで読んだか忘れてしまったのですが、「通勤時間と会社支給交通費に対する考え方」を読んだときにそう思いました。
そういう意味で、『
「へんな会社」のつくり方』はネットを利用しているかどうか関係ない人に読んで欲しい本であり、『ウェブ進化論』より売れてよかったんじゃないかと思います。