Blog Action Dayなのでマズローの欲求5段階説についてちょこっとだけ書く

チャリティー活動をいかに一般的なものにするか、をマーケティング視点で考えてみようかと思います。


マズローの欲求の5段階説、というのがあります。
図1・マズローの欲求5段階説

wikipediaによると
人間は満たされない欲求があると、それを充足しようと行動(欲求満足化行動)するとした。その上で、欲求には優先度があり、低次の欲求が充足されると、より高次の欲求へと段階的に移行するものとした。また、最高次の自己実現欲求のみ、一度充足したとしてもより強く充足させようと志向し、行動するとした。
(『自己実現理論』wikipedia)

という理論(?)です。

チャリティー活動、募金活動がいまどこにあるかというと、「自己実現欲求」と「尊厳欲求」の間くらいでしょうか。


欲求の5段階説の特徴は、「低次の欲求が満たされることで、初めて高次の欲求に移っていく」という点です。
自己実現欲求や尊厳欲求にたどり着いてる人はそういないでしょうから、これではチャリティー活動を行おうとする人の絶対数が少ない、ということになります。


ではどうすればもっと多くの人にチャリティー活動に参加してもらえるようになるのでしょうか?


人の欲求を満たして皆を高次のステージにさせるのがいいのでしょうか?おそらく現実的ではありません。

逆に、「チャリティー活動のステージを下げる」ほうがいいような気がします。
チャリティー活動自体を、「高尚な行動」から、「カッコイイもの」にステージを移すのです。


ファッションの世界にはヒントがあるような気がします。

服はどうして毎年こんなにも売れるのでしょうか?
それは、服を着るという行為が、どのステージででも欲求を満たす手段となりうるからです。

服を着る、という行為はもともと低次な基本的欲求の一つです。服を着ないと寒さに耐えられませんし、もし耐えたとしても逮捕されてしまいます。

低次欲求を満たして終わりではありません。
服には流行があり、それを追うことで社会的欲求を満たせますし、さらに高級ブランドをまとうことで、尊厳欲求まで満たすこともできます。


このやり方をチャリティーの世界に持って来れないでしょうか?

チャリティー活動を「安全の欲求」レベルにまで引き下げる方法は思いつかないので、せめて「社会的欲求」を満たす手段となるような方法を考えてみましょう。


ちょっと古い話ですが、ホワイトバンドというのが流行しました。
(前にも同じことを書いた気がしますが)ホワイトバンドは結果的に後味の悪い終わり方になりましたが、しかしそのコンセプトには、あだ花として終わらせてしまうにはもったいない新しい視点があったと思います。

それは、チャリティーをファッションとして市場の中に組み入れることが可能だと証明してみせた点です。

良いものであれば、チャリティーがどうこうなどといった高次なことを考えることなく、誰でも身につけてくれる(つまり購入してくれる)ことをホワイトバンドは示したと思います。

ちょっと前には、『アニヤ・ハインドマーチ』のエコバッグというのもありました。

どちらも「チャリティー」「エコ」だから買い求められたのではなく、ファッション性が高かったから求められたのではないでしょうか。


このように、チャリティーをファッション化するベースはすでにあると思いますし、
  • Yahoo!ボランティア』の壁紙を募金とは関係なく使いたくなるようなハイセンスなものにする
  • AppleがMac用、iPhone用の壁紙を有料で売ってもらい(わたしは買います)、その売り上げをチャリティーに使ってもらう

など、実際にすぐに実現可能そうなものもあると思います。


チャリティーの輪が広がるためにも、もっと単純でカッコイイものになればな、と思います。


Blog Action Day 2008 Poverty from Blog Action Day on Vimeo.
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『gremz』が素晴らしい

連続でエコに関するエントリーを書いたのですが、書きながら「webができることってなんだろう?」と考えていました。


そんなときに、greenhug経由で、『gremz』というサービスを知りました。
ブログパーツを設定し、エントリーを書き続けるとパーツの中の木が成長し、大人の木になったら実際に植樹がされる、というサービスです。

さっそく設置してみました。

ブログを書くという「普段の行動」をエコな行動に変換してしまう仕組みを用意してしまった。そこが素晴らしいと思います。
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エコバッグとレジ袋を考える

エコロジーについて連続投稿してみます。


私は買い物にエコバッグを使っています。少しでもゴミ減少や二酸化炭素排出削減に貢献できればと思い、…というよりも「エコバッグ使うオレってカッコイイ」というのが理由です。
(だからといってこれが理由でモテたことはありません)


前にも書いたのですが、エコロジー志向は、苦痛とか我慢の上に成り立つものではありません。「カッコイイもの」とのイメージがないと始められませんし、続けるのも難しいと思います。
エコバッグももっと洗練されたものが登場して欲しいですし、そもそもエコバッグを持つこと自体を「努力」ではなく「ファッション」にしないと広まらないと思います。

それにはデザインがさらに良くなり、サイズももう一回り小さくなって欲しいです(今のエコバッグは、たたんでもまだ大きいので持ち運ぶ気が失せます)。


さて、エコバッグを使うことでゴミが減るかどうかを考えてみます。

コンビニやスーパーでレジ袋をもらうと、その袋はゴミ袋として使うことになります。私は東京に住んでいるので、ゴミを出す際にはゴミ袋が必須なのです。
エコバッグを利用することにより、今までレジ袋を利用していた分、東京都指定ゴミ袋を購入するようになりました。
ゴミ袋に使えないような小さなサイズのレジ袋はもともと受け取っていないので、私が使っている袋の数は、エコバッグ利用前と変わっていません


エコバッグを利用することでコンビニ袋の生産量を減らすことはできますが、その分、東京都指定ゴミ袋が生産されるだけです。


そうなると、エコバッグを使うことでの効果を高めるには、
  • コンビニ袋がゴミ袋として使われる率を高める
  • そもそもゴミを減らす
という努力が同時に必要なのが見えてきます。


前者に効果がありそうなのは、「スーパー/コンビニ利用者のみんなが、レジ袋が必要のない少ない買い物のときはもらわない、そんなに必要なら自分でエコバッグを用意する」となります。すごく当たり前の結論です。


ジュース一本なら(小さな袋なんてゴミ袋として使えないので)レジ袋を断るなどはしたいものです。
ほかにもたとえば会社にいるときにコンビニに行ったなら、(会社ではレジ袋をゴミ袋にすることはないですから)こういうときにはなるべくレジ袋を受け取らないようにしたいです。
もし受け取ったなら、それは自宅に持ち帰ってゴミ袋として利用するのがいいと思います。

大きな買い物のときは、「ちゃんとゴミ袋として使います」とつぶやきながらレジ袋を受け取れとりましょう。それをちゃんとゴミ袋として活用するのなら(東京都の場合は)いいのではないでしょうか。


こういうやり方が主流になると、エコバッグは弁当一個と飲み物一本が入るサイズで足りるようになります。このサイズなら持ち運びも苦痛になりませんし、センスのいい人がきっとかわいいバッグを販売してくれそうです。


エコバッグ
実際、私は小さなエコバッグを利用するようにしました。少ない買い物のときにこれ(品川駅の売店で450円くらいで購入)を使い、大きな買い物のときにはレジ袋を受け取り、ゴミ袋として活用しています。


いいバッグが流通すれば、それはファッションとなり利用され、さらにエコへの取り組みが浸透、それがさらにいいバッグを生み出し…といった相乗効果が生まれることになります。
エコバッグがファッションとなり、ビジネスとなり、当たり前のこととなったときに、エコロジー志向はより一般化するのだと思います。
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恵比寿の『キムカツ』には残飯を減らすヒントがある

外で定食を食べると、おかずと一緒に盛られているサラダや漬け物を残したくなってしまいます。コンビニ弁当のならなおさらです。
残すとゴミになるわけですから、(食べても残しても作る量は同じ、という意見はあるとしても)無駄です。

日本人の出す残飯の量はかなりのものだと思うのですが、これを減らすことはできないのでしょうか。


イタリアンなどに行くと、おかずは一品一品、順番に出てきます。いっぺんにおかずもサラダも皿に盛られて出てきたりしません。

おかずと一緒に出てくると残したくなってしまうサラダも、メインの前に前菜として出てくるとなぜか当たり前のように完食してしまう、ということってないでしょうか?
(僕だけかもしれませんが)


日本食だと一品一品というのは難しいと思われがちですが、日本食の代表選手であるトンカツでそれをやっている店もあります。

恵比寿の『キムカツ』というお店では、最初にキャベツ、それが食べ終わったころにトンカツが出てきます
もちろんトンカツがでた後でも、キャベツが欲しければおかわりできます。これだとなぜかキャベツを残す気になりませんし、キャベツとトンカツが別々に出てくる不満も特に感じませんでした。


このように同じ食べ物でもちょっとした工夫によって食べ残しを減らすことはできるのではないでしょうか。
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メーカーには、もっと消費者とともにエコに取り組む姿勢を求めたい

コーラを飲みました。
ペットボトルには「ラベルをはがしてリサイクル」と書かれているのですが、ラベルに切り取り線がついていなかったので、はがすのにかなり苦労しました。

このコーラの生産者(メーカー)には、生産者と消費者が一緒になってエコに取り組もうという姿勢が欠けていると思いました。


そもそも今回のコーラにかかわらず日本の企業は、消費者がエコロジーに取り組むための協力姿勢が足りないと思います。


ペットボトルに関して言えば、リサイクル運動自体がエコに反しているのでは、という説もあります。
使用済みペットボトルが回収業者のもとに運ばれるまでのガソリン代で、リサイクルするよりも資源の無駄であり、地球環境へもより負担をかけているようです。ペットボトルは空気を運ぶようなものですから、輸送コストに無駄が多いのです。

粉砕して運べば無駄も省かれそうですが、粉砕する仕組みは消費者や販売者が頑張って用意しなければなりません。
実質的なエコロジーの効果を出すためには、消費者や販売者がかなりのことを負担しなければならない状態なのです。


つまり現状では、企業がペットボトルの生産を続ける限り、とてもじゃないけどエコなんて成り立たないという状況なのです。


前にも紹介しましたが、僕の好きなオランダのデザイン財団『プレムセラ』の『One-way fust』というビア樽は、空容器の回収にかかるガソリンをカットするために再利用をしない仕組みになっています。数字合わせではない、実質的なエコロジーへの取り組みだと思います。


今の日本は「大量消費社会」と言われていますが、実際にはそうではなく、どちらかといえば企業の都合でそうなってしまった「大量生産社会」です。ですからもう少し企業側が努力しない限り、日本でエコロジーの効果は生まれないような気がします。
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エコロジーと計算とファッション性

エコロジーだと思われていた「古紙100%の再生紙」が実はイメージほどエコではなかった、ではなかった、とのニュースがありました。
「古紙100%再生紙は環境にやさしい」はウソでした(exicite.ニュース)



日本でエコロジーというと「Co2削減」「廃棄物の再利用」になりがちです。

廃棄されていたモノを再利用するという考え自体は素晴らしいものです。
しかし今回のほかにも、細部まで計算してみたら再利用するよりも自然に優しいやり方が見つかった、という場面はありそうです。


Re-f-use』というオランダのエコデザインプロジェクトで発表された商品は、すでにそれらが考えられています。

たとえばこちらのビール樽は焼却できる素材で作られており、再利用はされません。
リサイクルするおよびそのために容器を回収するための投資(ガソリン使用量およびCo2排出量)のほうが、新規製造・焼却するよりも高くつくためです。


負けじと日本でも、今までのエコと違った視点の商品が作られています。


『アニマルラバーバンド』というこちらの商品は、捨てられたモノをどうするか?ではなくて、「そもそも、捨てたくなくしてしまう」という逆転の(しかし本来ならそうあるべきの)コンセプトで作られています。
いわゆる「輪ゴム」なのですが、一般の輪ゴムより耐久性があるのはもちろんのこと、そのデザインのかわいさがどうにも使い捨てをしづらくさせてくれるのです。


どれも共通なのは、今のエコロジー商品に欠けている「デザイン性」「ファッション性」を持っている、エコロジーがデザインの一要素として扱われている、という点です。

エコロジー志向は、苦痛とか我慢の上に成り立つものではありません。もっとカッコイイもののはずですし、カッコ良くしていかないと続かないのではないでしょうか。
それには洗練が必要ですし、洗練にはある程度の計算が必要だと思うのです。
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