ユーザーは自分の行動をメリットだけで判断していない

せっかくサービスを作ったら閲覧だけでなく、あたりまえですが投稿などもしてもらいたいものです。

サービス上でユーザーにアクションをしてもらうために、「このアクションをしてください、するとこんな素敵な出来事が!」とメリットを伝えるのはよくあるやり方だと思います。

たとえばCGM系サービスを運営していて、「ユーザーにコメント投稿してほしいな」と思ったなら、
「あなたがコメントを投稿すると、そのコメントがほかの人に読まれ、そこからコミュニケーションが広がっていきます」
などでしょうか。


しかしユーザーは、自分がアクションするかどうを、メリットだけをみて決めているわけではないと思います。

コメントをしようと思ったときにメリットとは逆の、
「このコメントをすると、誰かに迷惑かけないだろうか?」
「自分に対してよくないことが起きないだろうか?」
ということも考えているのではないでしょうか。


アクションしてもらうために必要な「許しのデザイン」


アクションしてもらうためには、これらの不安を払拭する必要があります。そのための機能やデザインのことを僕は「許しのデザイン」と呼んでいます。

「許しのデザイン」の例として、たいして意味のないコメントを投稿しても大丈夫だよね、と思わせる工夫されているサービスを挙げてみます。


Twitterの場合


Twitterでは、投稿された発言(つぶやき)がたとえfollowの発言であっても見落として平気、という世界観がうまく構築されています。その世界観が、「邪魔なら無視されるだけだから、だからガンガン発言して大丈夫」と思うために役立っています。


Facebookの場合


たくさん発言しても迷惑にならないよう表示方法が工夫されています。
連続して発言すると、発言のうちのいくつかが、クリックしないと表示されないようになります。

また、最近追加された「ニュースフィード」では重要そうな発言を上位にピックアップして表示するようになっているようです。(まだまだ不完全ですが)


ソーシャル系サービスほど許しのデザインは重要


少し前まで、サービスは自分ひとりで使うものでした。ですからアクションに対する不安は自分に対してだけであり、最悪「まぁなにかあっても自分が困るだけだし」で解決、ということもありました。

しかしいま主流のソーシャル系サービスは人との繋がりが前提です。「他人に迷惑かけちゃうのでは」という心配が新たに発生します。

一人のアクションが多人数に影響するソーシャル系サービス全盛の時代。許しのデザインの重要性は増してきている気がします。
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